社会正義

生まれつき正義感が強い方でしたが、現在でも、社会正義に反する事を目にすると、正さずにはおれません。

大概、反撃を受けたり、あらぬ誹謗中傷を受けることもあるのですが、自分の心が「正義を行なえ」と命じるのです。

2011年3月11日発生の東日本大震災は、地震の影響、さらには原発事故による放射能の影響で、多くの県外避難者を出しました。隣県の新潟県には、最大1万人もの避難者が訪れ、行政や、NPOが支援に尽力。半年後には官民協力による「避難者交流所」ができました。名称は「新潟市避難者交流所ふりっぷはうす」。スタッフには避難者の雇用も兼ねてと、2人の避難者が採用されました。当初はマスコミや研究者が「避難者支援のモデルケース」として、こぞって賞賛。その結果、多くの寄付金、物資が集まり、多額の補助金も入るようになりました。恩恵を受けた避難者も居たでしょう。しかし、一方で、「物資の分配が不公平だ。寄付金を勝手に使っている。文句をいうと追い出される」などの苦情を耳にしました。それを知った私は調査を開始。私自身も不平等を目にし、是正を申し入れると、酷い言葉を浴びせられました。それがきっかけとなり、更に調査を進めていくと、補助金詐欺が発覚。新潟県、福島県から二重に補助金を受け取り、さらに、家賃等を5倍以上にして水増し請求していたのです。これを受けて、私は刑事告発しました。2県にまたがる不正であり、発覚は勿論、調査も難しかったのでしょう。解決には時間がかかりました。その間、私は、恩恵を受けている避難者から、あらぬ誹謗中傷も受けましたが、最終的には詐欺、文書偽造が認められました。

その後、交流所は閉鎖。震災から6年もの時が経ち、「避難者」「交流所」というものも意味を成さなくなり、本件は、社会的にもあまり重要視されず、自身としても、時間と労力を浪費した割には報われない行動だったと感じることもあります。しかし、社会正義を行うのが自分の定めなのだと言い聞かせました。これが自分なのだと。今後も不正義を目にすれば戦うでしょう。

※追記

この事件を題材にした小説「避難者ラプソディ」を書きました。震災で人の心がどう変わってゆくのか。後世に伝えなければなりません。詳しくは執筆活動のページを御覧ください。